2012年10月11日木曜日

世の識者の警鐘が心に響かないのは何故

長尾氏の投稿に対して矢ケ崎、菅原、野田、松尾の諸氏より異論反論が相継ぎましたが、私も違和感が在ります。
>ほとんどの環境専門家は異口同音に、これまでのようなスピードで地球や自然を破壊し続け、有害合成化学物質をまきちらしていくと日本の場合であればあと20年も「もたない」と言っている。<

 つまり、このままであればあと○○年も「もたない」と叫ぶ専門家は子供や家庭や教育の問題、犯罪事件や経済や政治の問題、そして地球環境の問題等あらゆる領域に溢れかえっています、ニュースショウや書店の店頭を賑やかにしてくれています。


 菅原氏の云うように、本当に20年しかもたないことが専門家としての職業上の発言ではなく、追求の末の確信的真実ならば、誰よりも先端で事実を解明してきた識者として、これは「死にもぐるいで」立ち上がってしかるべきです(たぶん実態はそこまで深刻でしょう)。
 かの専門家も含めて何故座して我々は滅亡を待つばかりなのか、警鐘を鳴らす専門家が死にもぐるいで立ち上がれないのは何故なのか、この問題の解明も大切のように思います。
 
 史論で明らかにされているように、人類本来の本源価値を抑圧する私権の強制圧力によって人々の意識と集団が問題を孕みながらも統合されてきた私権社会では、皆の問題と自分の問題は実は別物であって、皆の課題や期待や充足と自身とが分断されてきました。 
本音と建て前は使い分けられていたわけです。 
 とりわけ失業と飢えが残存しつづける限り、私権圧力は社会を統合し得る第一の力であり続け、私権圧力の働く場以外に生きる場はありません。
 然し今、「場の転換」が人々の意識上にも顕在化し、新たな意識潮流の登場は社会世論を大きく左右し始めています。
 私権圧力の急激なる衰弱は私権社会の規範や体制制度を形骸化させ、とんでもない事件や経済破綻の引き金となっているものの、他方で新たな市民活動の興隆や、活き活きとして私権に拘らない新人類を生み出し、不透明な事が通りにくい社会を生み出しつつあります。
 本音で生きる人達が次第に社会世論を統合する中心勢力となって、実態的に場の転換を成し遂げていく主勢力になりつつあるように思います。

 「このままならあと○○年ももたない」、確かにこの専門家の警鐘は事実であるはずです。 何故にこのような重大な事実が本音で生きることが出来るようになった人々に届いて、変革の潮流になっていかなないのか、何処に問題があるのか、識者・専門家の諸氏は此処を解決しなければ折角の信念は実現されない事になります。
 環境の深刻な破壊や子供の精神の破壊等など、滅亡に繋がる事象は相継ぎます。 職業的専門家の主張の域を越えて、「場の転換」を組み込んだ論理を提言していく事から社会変革の可能性が開かれるのではなかろうか。 統合理論でなければ人を説得できなくなった、事実が問われる時代になってきたのだと思います。

阿部紘

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